合格者インタビュー「話をいろいろと聞いてくれた」(三重大学医学部 合格)

Tくん(清水東高校卒)
2020年度入試で三重大学に合格。福屋先生が担任を務める

工藤塾には中3〜高3、そして2浪目、合計5年通いました。通うようになったきっかけと、現役時代からどう勉強してきたのか、順に教えてもらえますか?

Tくん:通うきっかけは親の勧めです。ずっと医学部に行きたいと言っていたところ、親がインターネットで見つけてくれました。今までは大手塾に通っていたので、個人塾に来るのが初めてだったのですが、医学部専門だからか生徒がみなさん真面目に勉強しているんです。身近に医学部受験をしようと考えている人がいなかったので、モチベーションも保ちやすそうな環境だなと感じました。

実際に通ってみた感想を教えてください

Tくん:一番良かったのは、質問がすごくしやすかったことです。かなり頻繁に質問していたのですが、毎回しっかりと対応してくれて、すごく助かりました。タブレットを使って勉強するのは初めてだったのですが、慣れてくると便利でした。

担任から見て、最初の印象は

福屋:6年前ですから、どうだったかな(苦笑)。まあ、でも、できる生徒だなという印象でした。特に、パターン的な問題への対応力の高さは、目を見張るものがありました。それが、高3の2学期に受けた模試での偏差値80という数字に表れています。1科目ではなく、英語、数学、物理、化学の全科目で偏差値80を叩き出しました。記述模試なので国語と地歴・公民は受けていませんでしたが、静岡県で1位とか2位でした。A判定以外は出しようがない成績です。

ただし、パターン認識のような学習から、どれだけ脱却できるかということが、ずっと課題でした。その問題がどういう問題かを考える前に、どういう解法にしようかと考えてしまうタイプなんです。その課題を克服するために面談を重ね、自分に何が足りなくて、それを埋めるために何をしていくべきかを明確にし、そしてそれをどんどん実践してもらい、勉強に臨む姿勢が最も身に付いた生徒の1人だと思います。

ですから、高2の終わりから高3の丸々1年間は、Tくんが考えるように勉強すればいいということで、一切口出しはしませんでした。「加えて言えば、こういうこともやった方がいいかもね」くらいは言ったかもしれませんが、Tくんが基本方針として考えたものを変えたことはありません。

現役で迎えたセンター試験では、体調を崩してしまいました

Tくん:国語の試験開始から3〜4分くらいで、気を失う寸前くらいまで体調が悪化してしまったんです。それまでは何ともなかったので、本当に突然です。いったん会場の外に出て、保健室で体温や血圧を測ったのですが、熱も高く、会場に戻ることができませんでした。試験を受けられるくらいまでに体調が回復したのは、国語の試験の残り10分くらいです。

さすがに問題文を読む時間はないので、漢字と古文の語句問題だけ取り組んで、あとは適当にマークすることしかできませんでした。国立と自治医科大学しか出願していなかったので、「今年はダメだな…」「浪人か…」と覚悟しました。感情としては、悲しいとかではなく、何とも思わない「無」の境地です。

2日目へのモチベーションはどうだったのでしょうか

Tくん:浪人することが決定的だったので、来年に繋げようと思いました。お世話になった先生方に、恩返しではないですが、ちゃんと点数を取って実力がついたことを証明しようという気持ちでした。

福屋:国語を除くと、全体で95〜96%得点していました。国語は40点くらいでしたが、それを含めた全体でも80%を超えましたよね。国語の結果を引きずらず、残りの科目で点を取り切った精神力はすごいなと感心しました。

浪人が決定し、工藤塾ではなく、大手予備校に通うことにしました

Tくん:私自身は工藤塾でという気持ちもあったのですが、大手予備校で京都大学医学部や大阪大学医学部を志望するような、レベルの高い人たちと一緒に勉強することで、自分自身の学力も更に上がるのではないかと考えました。まあ、今思えば浅はかな考えですが(苦笑)。

実際に通ってみて

Tくん:先ほど福屋先生が言ってくださったように、現役時代の模試の成績が非常に良かったので、大手予備校には無試験で、どの講座を受講してもOKということになりました。

そこで、せっかくなので最上位クラスに入ったんです。しかし、そういったクラスは、旧帝大を目指すような人たちでも解けないような問題を徹底的にやるという形でした。通常であれば捨てていい問題も解けるようにして、余裕で合格しようというような内容でした。

でも、この内容が私には合わなかったんです。実は、浪人が決まった2月の上旬から3月末まで、まったく勉強していなかったんです。それまで培ってきた学力が落ちていました。基礎もあやしくなっていたので、難度の高い問題が解けるはずもなく、みんなの足元にも及ばないといった状況でした。しかも、授業が多く時間割が詰まっていたので、予習復習に追われ、自分で基礎をやる時間もなく、1年が過ぎてしまいました。

最初の段階でクラスを下げるなり、出席しない授業を決めるなりすれば良かったのですが、そのまま走ってしまって・・・。結果的に、成績が上がるどころか、下がってしまいました。そして、結局行ける大学がなく、2浪が決まってしまいました。

浪人が決まった2月3月にちゃんと勉強をしていて、基礎がしっかりとしていれば、もしかしたら良い結果になったかもしれませんが、私の場合は基礎が抜けている状況だったので、学習スタイルが合いませんでした。

そして、2浪目では、工藤塾に帰ってきました

Tくん:改めて生徒と先生の距離が近い塾だなと感じました。ご飯を食べているときも、篠原先生や阿部先生が話しかけてくれましたし、私の話もいろいろと聞いてくれました。授業外の質問もたくさんしましたね。受験直前には、過去問を解いて、それを全部採点してくれました。本当に感謝しています。

1浪目のときに、大手予備校だと、簡単には質問できないと感じたので、余計にありがたかったです。英作文を採点してほしいと思っても、行列に並ばないといけないんです。次の授業の時間が来て、結局採点してもらえないこともありました。それが、工藤塾だと、むしろ先生方から話しかけてくれるので、ありがたかったです。

福屋:個別指導と5人程度の少人数授業だけなので、そもそも生徒さんの人数が少ないんですよね(苦笑)。

Tくん:生徒と先生方の距離が本当に近いので、言葉は悪いですが、利用させてもらいました。こういった環境というのは、なかなか他の塾ではできないと思うので、非常に感謝しています。

2浪が決まった当初は、迷いもあったとか

Tくん:1浪から2浪というのは、壁が本当に高かったです。医師になるという夢は結構昔から持っていたのですが、それを投げ出してでも、とりあえず受験から逃げたいという思いが強くありました。この生活をもう1年するなんて考えられないと。本気で迷いました。

福屋:1浪目は不完全燃焼だったわけじゃないですか。どこであきらめるかは、その人の人生だからいつだっていいと思うんですよ。ただ、あきらめるんだったら、やり切ってからにしようよとは思います。

もちろん、やっている人の辛さは、やっている本人にしか分かりません。やり切ることすら無理だと思っているときに無理にやり切れというのはいけませんが、Tくんの場合は精神的に落ち込んでいただけでしたから。学力は1回身に付けたんですから、ここであきらめるのは単純にもったいないよと伝えました。

2浪目に入って、勉強で工夫したことはなんでしょうか

Tくん:基礎を徹底的に固めました。数学は青チャート、化学はセミナー化学、物理は良問の風といったように、各科目で、徹底的に1冊の問題集に取り組みました。各科目1冊の問題集を、「完璧にした」と言えるくらいやり切りました。

また、国語の得点が不安定だったのですが、U先生の授業を受け、センター国語で大失敗することはないなと思えるようにまでなりました。たとえ失敗したとしても、150点を切ることはないなと。実際に本番でも8割得点することができました。

他の科目に関しても、失敗のしようがないと思えるくらい自信を持つことができました。本番のセンター試験は、細かいミスをしてしまい、全体では85%の得点率でしたが・・・(苦笑)。

2次試験には自信を持っていました

Tくん:三重大学の過去問を解いた感触が良かったんです。センター試験で多少落としても、2次試験で挽回できると感じていました。

ただ、実際の2次試験では、数学の問題形式が変わっていて、最初は少し焦りました。しかも、大問の1つ目の問題が解けない。それでも、自分が持っている知識を総動員して、手を動かし続けた結果、解法にたどり着くことができました。粘り勝ちです。大問を丸々落としていたら、さすがに他科目でカバーすることは難しかったので、本当に良かったです。

合格したときの気持ちを教えて下さい

Tくん:正直、うれしいという感情よりも、「やっと受かった」と安心する気持ちが強かったです。

ずっと総合大学の医学部に行きたいと言い続けていました

Tくん:医師になると、どうしても医療関係者以外の職業の方たちと疎遠になると思うんです。すると、そういった人たちと関われるのは大学が最後なんじゃないかと考えたんです。総合大学で、全部の学部が同じキャンパスで学ぶ大学に行こうと、ずっと決めていました。1年生だけ同じキャンパスでという大学はあるのですが、三重大学のように6年間同じキャンパスというのは、非常に少なくて。進学できて、本当にうれしいです。