合格者インタビュー「私のできないことを理解してくれた」(浜松医科大学医学部 合格)

豊田 聖くん(浜松学芸高校卒)
2021年度入試で浜松医科大学に合格。校舎長の山﨑が担任を務める

(以下、敬称略)

高校時代の学力を教えてください

豊田:現役時代は塾に通わず、学校の授業と独学だけでした。特に、理系の科目は真面目に授業を受けていました。ただし、英単語など、コツコツやらないといけない勉強にはまったく手を付けていませんでした。全体としては、不真面目な受験生だったと思います(苦笑)。

結果、センター試験は688点、得点率が76%くらいで、2次偏差値は54とかでした。もちろん、すべてE判定です。ですから、半ば浪人を覚悟しながら受験しました。

そして実際に浪人が決まり、工藤塾を選びました

豊田:もともと工藤塾の存在を知っていたので、あまり悩まずに決めました。大手予備校だと、個人的な質問がしにくいと聞いていたことも、工藤塾を選ぶ決め手になりました。実際に、いつでも気軽に質問に対応していただき、感謝しています。

何が何でも国立志望だったのでしょうか

豊田:現役時代の学力が学力なので、受かればラッキーだなという認識ではありました。記述の成績が良いとは言い切れないですし、口下手なので面接の印象も不安でした。さらに、ケアレスミスも多かったので、受かれば本当にラッキーだなと。私立もどこかに受かればいいなと考えていました。

印象に残っている授業はありますか

豊田:古典の授業は、個人的には衝撃的でした。古文は、今までは得体の知れないイメージで、読んでいても面白くなかったのですが、見方が変わりました。昔の人がどういう考えで行動していたとか、どういう価値観を持っていたかとかが分かるようになったんです。古文って読めるんだという感覚を持つことができました。

英語は、現役のときに覚えなかった単語を勉強するようになり、読めるようになりました。当たり前なんですけど(笑)。授業では、コロンの解釈の仕方とか、分詞構文の解釈のしやすい訳し方とか、テクニックも含めて教えてくれて、英文が読みやすくなりました。

篠原先生やS先生によく英語の質問をしていました

豊田:最も苦手な科目だったので、一番質問したと思います。浜松医科大学の2次試験では、配点を意識しながら解いたのですが、手応えがありましたし、しっかりと得点できたと思います。

全体の配点を知ることも、大事だと感じました。浜松医科大学の2次試験だと、英語200点、数学200点、理科100点✕2科目じゃないですか。じゃあ、勉強時間も2:2:1:1になるようにしようとか。配点を知ることで、「理科の勉強時間が多すぎるかな」と自覚できるようになりました。

辛かったことはありますか

豊田:合格すると、浪人生活もなんだか楽しかったような気がします(笑)。強いて言うのであれば、勉強しなかった時間を思い出すのが辛かったです。「あのとき勉強していれば、今はもっと・・・」となってしまっていました。

家が遠かったため、ホテル暮らしで浪人生活を送りました

豊田:朝昼2食付きで、掃除もしなくて良いのは快適でした。水回りがいつも清潔なのは嬉しかったですね。ゴミ捨てもしてもらえますし、タオルも毎日清潔でした。あと、エアコンをつけっぱなしにしていても怒られません(笑)。

山﨑:合格が決まってから、ふと生徒証の写真を見たのですが、すごくやせましたよね。

豊田:はい、やせました。現役のときは、帰宅してからおやつを食べ、夕飯前にもおやつを食べ、そうすると夕飯を遅い時間に食べることになり、デザートを食べて寝るという食生活でした。太る要素しかありません(苦笑)。

それがホテル暮らしになり、間食がほとんど無くなりました。意識してというよりは、自然と食べなくなりました。

山﨑:ホテルの場所も良かったのかもしれません。コンビニに寄ろうと思えば寄れますが、工藤塾から徒歩30秒くらいでしたから、あまり買い食いしようとは思わなかったんじゃないでしょうか。

豊田:いや、実は、夜中にカップラーメンを食べるときもありました(笑)。でも、それでも食べる量は圧倒的に減りました。そのおかげで、一気に体重が減りました。

そして、合格発表を迎えます

豊田:父が電話で「受かってたよ」と教えてくれました。自分では恐ろしくて見れなかったんです(苦笑)。

喜びというよりは、「受かったんだ・・・」と、まさかという気持ちの方が強かったです。個人的には受かる見込みがないと思っていたので。というのも、2次試験の出来があまり良くなかったんです。英語はできましたが、数学で失敗してしまって。理科も取れるところを落としてしまっていました。間違いに気づいた後に、時間が足りず、そのまま終わってしまったんです。ですから、後味の悪い結果になってしまいました。

1日目の帰りに、迎えに来てくれた車の中で、父に「ダメだった」「失敗した」という話をしたくらいです。父からは「頑張ったな」「お疲れ様」と声をかけられました。後期はレベルが高いですし、これは国立は難しいかなと思っていました。

合格についてご家族の反応は

豊田:2次試験の帰りに失敗したと話していたので、父は落ちると予想していたと思うんです。合格発表の確認をお願いしていたので、どんな顔して連絡すればよいかと気にしていたと思うんです。それが合格だったので、「本当に良かったねえ」と泣いて喜んでくれました。

山﨑:ホテルの方たちも、グループLINEで合格の連絡が回ったようです(笑)。

山﨑さんが担任を務めました

豊田:私の拙い日本語を汲み取ってくれ、気遣ってもらったなと感じています。私のできないことを理解してくれている先生でした。

山﨑:豊田くんは、決して力が無いわけではないのに、自分自身が油断するのを恐れている感じはずっとありましたね。口癖のように「まだまだです」と言い続けていました。模試で良い判定が出ても、「たまたまです」と言っていましたね。

豊田:あれは、本当にたまたまだったんです(笑)。

山﨑:でも、本当に1年間、きっちりと受験に集中した生徒さんです。勉強以外を排除して1年間頑張っているのが、見ていて分かりました。

豊田:それが自然だったんです。姉も医学部に行ったのですが、服装を固定して、一切遊びにも行かず、ストイックに勉強していた姿を見ていましたから。それくらいしないと、国立の医学部には行けないんだと知っていたので、見習いました。実際にやってみて、姉の偉大さを感じました(笑)。

山﨑:本日のインタビューのように、普段は普通に話すことができるのですが、じゃあ面接対策をやろうとなると、途端にカタコトになるんですよね(笑)。その改善に、本当に苦労しました。

豊田:本当に面接が苦手なんですよね・・・。

山﨑:ですから、他の人よりも早く、秋から面接対策を始め、それから毎週練習しましたね。普段のように話すことができれば何も問題ないのですが、その壁を崩さないとと、ずっと思っていました。オーソドックスな質問を、とにかく繰り返しました。何回も練習して、書いて、読ませて、もう1回読ませてというような。

豊田:お恥ずかしながら、本番ではちょっとぎこちなかったと思います(苦笑)。でも、最初のときよりは、マシになっているのかなとは思いました。集団討論の対策もして、多少はしっかりと話せるようになりました。

山﨑:面接官の方も、受験生が緊張しているのは十分に分かっているので、多少のぎこちなさは大丈夫ですよ。最初の頃にあった、質問されて固まるというのは良くないですが(笑)。

医学部を目指す人たちにアドバイスはありますか

豊田:もう勉強するしかないです。私は現役時代、家で勉強する習慣がなく、家が遊ぶ空間として認識されてしまっていたんです。家を勉強する場にできなかったことが、反省点でした。そんな姿を見ているので、両親もまさか私が受かるとは思っていなかったと思いますよ(笑)。